アユタヤへ行ってきました〜その3
その後は徒歩でお隣の「ワット・プラ・シー・サンペット」へ
かつてのアユタヤで最大規模を誇った王室の守護寺院
1491年に建立され、1500年には高さ16m・171kgの黄金に覆われた仏像が安置されたたがビルマの侵攻によって仏像も寺院も跡形もなく破壊されたとのこと
現在残っているのはアユタヤ中期15世紀に建てられた3基の仏塔のみとのこと

セイロン様式の美しい塔で、それぞれの基壇部分には3人の王の遺骨が納められているそう〜3基静かに並んでいました。
中州を出て車で向ったのは「ワット・プー・カオ・トン」(「ワット・ヤイ・チャイモンコン」が塔の高さで負けちゃったところです
)

高さ80mという白亜の仏塔がシンボル。
14世紀後半にラームスエン王が建てた後、1569年にビルマ軍がアユタヤを占領した際、戦勝記念として建てられたとのこと。
当時はビルマ様式だったのをアユタヤを再興したナレースエン王がタイ様式に立て直したそうです。
塔に登ってみた景色はこんな感じ

暗い写真でごめんなさい
塔のてっぺんまでは登れないんですが、周囲の景色を楽しむことができます
最後に訪れたのは「ワット・チャイ・ワッタナラーム」

26代プラーサート・トーン王が即位した1630年、その記念と母親にささげるために建てられた寺院の跡です
1767年にビルマ軍いによって破壊されてしまいましたが現在では修復されているとのことです。
とはいっても、頭部や腕を破壊された仏像はそのまま・・・

なんとも痛々しいお姿です
中央にそびえ立つ大仏塔〜こちらはクメール様式。登ることができるので登ってみたんですが、結構急な階段〜

先に来ていたタイ人の女の子グループ〜おそるおそるゆ〜っくり降りていました。
ドジママ&ドジパパはアンコールワットで鍛えたので、「あの恐怖にくらべれば
」と、楽勝で降りることができちゃいました〜人間、何事も経験??
(笑)
朝10時にアユタヤに到着し17時過ぎまで全力で観光〜さすがに疲れました
登れるところには登りまくったので、筋肉痛になるかな〜と思ったら大丈夫
でも・・・もしかして明日きたりして〜
??
帰りの車でドジパパはぐっすり睡眠〜
。
ドジママはあゆのCDを聞きつつプチ熱唱
(笑)〜ドライバーさんのGさん、道中ヘンな歌声を聞かせてしまってごめんなさい
事故らなくてよかったです(笑)
かつてのアユタヤで最大規模を誇った王室の守護寺院
1491年に建立され、1500年には高さ16m・171kgの黄金に覆われた仏像が安置されたたがビルマの侵攻によって仏像も寺院も跡形もなく破壊されたとのこと
現在残っているのはアユタヤ中期15世紀に建てられた3基の仏塔のみとのこと

セイロン様式の美しい塔で、それぞれの基壇部分には3人の王の遺骨が納められているそう〜3基静かに並んでいました。
中州を出て車で向ったのは「ワット・プー・カオ・トン」(「ワット・ヤイ・チャイモンコン」が塔の高さで負けちゃったところです
)

高さ80mという白亜の仏塔がシンボル。
14世紀後半にラームスエン王が建てた後、1569年にビルマ軍がアユタヤを占領した際、戦勝記念として建てられたとのこと。
当時はビルマ様式だったのをアユタヤを再興したナレースエン王がタイ様式に立て直したそうです。
塔に登ってみた景色はこんな感じ

暗い写真でごめんなさい
塔のてっぺんまでは登れないんですが、周囲の景色を楽しむことができます
最後に訪れたのは「ワット・チャイ・ワッタナラーム」

26代プラーサート・トーン王が即位した1630年、その記念と母親にささげるために建てられた寺院の跡です
1767年にビルマ軍いによって破壊されてしまいましたが現在では修復されているとのことです。
とはいっても、頭部や腕を破壊された仏像はそのまま・・・

なんとも痛々しいお姿です
中央にそびえ立つ大仏塔〜こちらはクメール様式。登ることができるので登ってみたんですが、結構急な階段〜

先に来ていたタイ人の女の子グループ〜おそるおそるゆ〜っくり降りていました。
ドジママ&ドジパパはアンコールワットで鍛えたので、「あの恐怖にくらべれば
」と、楽勝で降りることができちゃいました〜人間、何事も経験??
(笑)
朝10時にアユタヤに到着し17時過ぎまで全力で観光〜さすがに疲れました
登れるところには登りまくったので、筋肉痛になるかな〜と思ったら大丈夫
でも・・・もしかして明日きたりして〜
??
帰りの車でドジパパはぐっすり睡眠〜
。
ドジママはあゆのCDを聞きつつプチ熱唱
(笑)〜ドライバーさんのGさん、道中ヘンな歌声を聞かせてしまってごめんなさい
事故らなくてよかったです(笑)
アユタヤへ行ってきました〜その2
お昼
を挟んで午後最初に向ったのは「ワット・プラ・マハタート」
14世紀後半に造営されたと伝えられるアユタヤの重要な遺跡のひとつです
長い年月を経て木の根にはまり込んだ仏像の頭部

とても存在感がありました。
かつては40m以上の仏塔が建っていたとのことですが、ビルマ軍によって破壊され、1956年に修復され現在の姿になったそうです。

まわりには頭部や腕を破壊された仏像も多数あり、そのすさまじさを見せつけられました。
かなり傾いてしまっていますが、大丈夫なのかちょっと心配です

遺跡全体から時代の移り変わり〜栄枯盛衰を感じる場所でした。
次は徒歩でとなりの「ワット・ラーチャブラナ」へ
王位を争いで共に無くなった人の兄の慰霊の為に8代王ボーロマラチャ2世が建立した寺院跡。

そびえ立つ仏塔〜保存状態もよく、表面の彫刻が美しいトウモロコシ型はクメール様式とのこと
貴重な出土品は国立博物館に収蔵されているそうです
こちらの遺跡は訪れる人も少なく、ゆっくりと見ることができました
車で移動し、次に向ったのは「ウィハーン・プラ・モンコン・ポピット」
タイ最大の仏像があるところです。

タイ式建築が美しい礼拝堂です。
そして仏像がこちら〜

金ピカピカ〜
15世紀にラマティボディ2世によって造られ、1603年にこのお寺に安置されたとのこと。
ブロンズ製とのことですが、表面に金箔が貼られているので全体がまばゆい黄金色に輝いています
高さ17mもあるそうで、思いっきり見上げてしまう〜〜
タイの中でも名高い仏像のひとつで人気があるそう〜私達が行った時も大勢の方がお参りにきていました。
を挟んで午後最初に向ったのは「ワット・プラ・マハタート」
14世紀後半に造営されたと伝えられるアユタヤの重要な遺跡のひとつです
長い年月を経て木の根にはまり込んだ仏像の頭部

とても存在感がありました。
かつては40m以上の仏塔が建っていたとのことですが、ビルマ軍によって破壊され、1956年に修復され現在の姿になったそうです。

まわりには頭部や腕を破壊された仏像も多数あり、そのすさまじさを見せつけられました。
かなり傾いてしまっていますが、大丈夫なのかちょっと心配です

遺跡全体から時代の移り変わり〜栄枯盛衰を感じる場所でした。
次は徒歩でとなりの「ワット・ラーチャブラナ」へ
王位を争いで共に無くなった人の兄の慰霊の為に8代王ボーロマラチャ2世が建立した寺院跡。

そびえ立つ仏塔〜保存状態もよく、表面の彫刻が美しいトウモロコシ型はクメール様式とのこと
貴重な出土品は国立博物館に収蔵されているそうです
こちらの遺跡は訪れる人も少なく、ゆっくりと見ることができました
車で移動し、次に向ったのは「ウィハーン・プラ・モンコン・ポピット」
タイ最大の仏像があるところです。

タイ式建築が美しい礼拝堂です。
そして仏像がこちら〜

金ピカピカ〜
15世紀にラマティボディ2世によって造られ、1603年にこのお寺に安置されたとのこと。
ブロンズ製とのことですが、表面に金箔が貼られているので全体がまばゆい黄金色に輝いています
高さ17mもあるそうで、思いっきり見上げてしまう〜〜
タイの中でも名高い仏像のひとつで人気があるそう〜私達が行った時も大勢の方がお参りにきていました。
アユタヤへ行ってきました〜その1
バンコクの北約76kmにある古都アユタヤへ行ってきました
1350年にウートーン王によって建国されて以来417年間続き、タイの歴史で一番長い時代の都となったところです。
チャオプラヤー川とその支流に囲まれた中州の平野流域にあり、16〜17世紀には近隣のアジア諸国やポルトガル・オランダなどの西欧諸国、そして日本との公益も盛んに行われ、かつては日本人町もありました
周辺にも数多くの遺跡が残り、1991年には世界遺産に登録された、歴史を感じる町です。
バンコクからは車で約1時間〜渋滞に巻き込まれることもなかったので、あっというまについてしまってびっくりしました
まずは中州に入る手前にある「バンパイン宮殿」へ

アユタヤ歴代王が避暑地といして夏を過ごす離宮として利用されてきたところです。(避暑地って
、一年中暑いじゃん〜とちょっとつっこんでしまいました(笑))
こちらの宮殿内はよく整備され、緑が多くあちこちで花々が咲いていてとてもきれい
広大な敷地内に多様な様式の建物が並んでいます。
こちら
は1692年に建てられた「アイサワン・ティッパヤート」。

第26代プラサート・トン王が名付けたこの典型的なタイ建築の王宮が始まりとのことです
現在あるのは1876年に再建されたもの。周りの池には巨大な鯉やカメがいっぱいいて、その場で売っているエサ(パン)をあげると大きな口をパクパクさせて食べていました
この鯉、大きい物は60〜70cmはあるのではというくらい巨大で
もともと鯉が口をパクパクする姿がかなり苦手なドジママ・・・その巨大さもあり、非常におぞましい光景でした
こちらは「プラ・ティーナン・ウェーハート・チャムルーン」。

中国建築で内部は赤と金を中心としたきらびやかな内装
床や壁の木彫りや中国風の細工など美しいんですが、残念ながら撮影禁止でした
お次は車で15分位移動して「ワット・ヤイ・チャイ・モンコン」へ。
アユタヤ初代の王様・ウートーン王がセイロン(現スリランカ)へ留学した僧の為に建てたとのことです。

とっても大きな寝釈迦仏〜カメラにおさまりきりません
こちらは高さ72mの仏塔

1592年にナレースエン王がビルマの侵攻を退け、ビルマが先に建てた「ワット・プー・カオ・トーン」に対抗して“天を貫く様な高い塔を!”と建てたそうですが、わずかに及ばず・・・塔に関しては敗北
塔の周りは数十体の坐仏が囲んでいます。

通常、日本語ツアーなどに申し込んでアユタヤ巡りをすると、この2ヵ所の間に「日本人町跡」へ行くことが多いようですが、私達はツアーではなかったのでカットしました
跡地とはいっても記念碑しかないし・・・
・・・いかんなぁ〜非国民
1350年にウートーン王によって建国されて以来417年間続き、タイの歴史で一番長い時代の都となったところです。
チャオプラヤー川とその支流に囲まれた中州の平野流域にあり、16〜17世紀には近隣のアジア諸国やポルトガル・オランダなどの西欧諸国、そして日本との公益も盛んに行われ、かつては日本人町もありました
周辺にも数多くの遺跡が残り、1991年には世界遺産に登録された、歴史を感じる町です。
バンコクからは車で約1時間〜渋滞に巻き込まれることもなかったので、あっというまについてしまってびっくりしました
まずは中州に入る手前にある「バンパイン宮殿」へ

アユタヤ歴代王が避暑地といして夏を過ごす離宮として利用されてきたところです。(避暑地って
、一年中暑いじゃん〜とちょっとつっこんでしまいました(笑))
こちらの宮殿内はよく整備され、緑が多くあちこちで花々が咲いていてとてもきれい

広大な敷地内に多様な様式の建物が並んでいます。
こちら
は1692年に建てられた「アイサワン・ティッパヤート」。

第26代プラサート・トン王が名付けたこの典型的なタイ建築の王宮が始まりとのことです
現在あるのは1876年に再建されたもの。周りの池には巨大な鯉やカメがいっぱいいて、その場で売っているエサ(パン)をあげると大きな口をパクパクさせて食べていました
この鯉、大きい物は60〜70cmはあるのではというくらい巨大で
もともと鯉が口をパクパクする姿がかなり苦手なドジママ・・・その巨大さもあり、非常におぞましい光景でした
こちらは「プラ・ティーナン・ウェーハート・チャムルーン」。

中国建築で内部は赤と金を中心としたきらびやかな内装
床や壁の木彫りや中国風の細工など美しいんですが、残念ながら撮影禁止でした
お次は車で15分位移動して「ワット・ヤイ・チャイ・モンコン」へ。
アユタヤ初代の王様・ウートーン王がセイロン(現スリランカ)へ留学した僧の為に建てたとのことです。

とっても大きな寝釈迦仏〜カメラにおさまりきりません
こちらは高さ72mの仏塔

1592年にナレースエン王がビルマの侵攻を退け、ビルマが先に建てた「ワット・プー・カオ・トーン」に対抗して“天を貫く様な高い塔を!”と建てたそうですが、わずかに及ばず・・・塔に関しては敗北
塔の周りは数十体の坐仏が囲んでいます。

通常、日本語ツアーなどに申し込んでアユタヤ巡りをすると、この2ヵ所の間に「日本人町跡」へ行くことが多いようですが、私達はツアーではなかったのでカットしました
跡地とはいっても記念碑しかないし・・・
・・・いかんなぁ〜非国民


